『とかげ』の書評

ヴィ・ドー

  

  吉本ばななの『とかげ』はだいたい話し言葉で書かれている。一見したところでは結構読みやすいかもしれないが、深い意味のあることがたくさん含まれている。『とかげ』はほとんど暗(あん)たんの話であり、次々と主人公の二人の秘密が本人に白状し、ムードがもっともっと暗くなり、読者を惹(ひ)きつけることに成功したと思う。吉本ばななの文体には特徴の点が色々ある。まずもう書いたように、日常会話で書かれているのは、読者が人物と関連づけるためであり、主人公の感想や考えることを理解させたり、感じさせたりすることがねらいにされているのだと思う。そして人物の状態や雰囲気などを描くために体言止めが使われている。サスペンスをもり上げるためかもしれないが、読者が何か知りたいことを語り始めようとする時に、突然昔の話とかエピソードなどに転向することが多い。そして一般的に、吉本ばななの話に出てくる人物が、前に失くしてしまった感覚が何かを見かけたせいで突如よみがえらせることも、もう一つの文体の特徴である。
  『とかげ』には主人公が二人いて、一人目は29歳の男性で、自閉症のカウンセラーで、この話のナレーターである。二人目は彼が憧れている33歳の女性で、癒す力があると信じ、治療師という天職につき、「とかげ」と彼に呼ばれている。この二人は三年間付き合っていて、「妙な交際」と言われ、普通にしゃべったり出かけたりしないで、あまり話さなかったり、よくぼうっとしたりしている。暗い過去というハンデを背負わなければならなく、もっと詳しく言い換えると、一昔前から二人は家族や死や苦しみに対しての暗たんの秘密を持ち、過去の出来事をお互いに白状し、分かり合ったり支えあったりし、宿命的に惹かれている。
  『とかげ』は色々なテーマについて書かれているが、主なものは、「時間」と「癒し」、そして「宿命」と「運命」である。とかげにとって時間は偉大で、事件の後の家族の状態や苦労などをしだいに癒してくれた。よく歩けなくて、おかしくなった母のことも、自分が見えなくなったことも、父が戸締(とじま)りに病的に神経質になったことも、全部が時間に治された。二人の過去は少し似ていて、お互いが分かり合えて、ナレーターにとかげの出会いは宿命だと言わせる。彼女は母を刺した犯人を呪い殺したそうだが、鍼(はり)と灸(きゅう)の学校に行き、資格を取り、小さな治療院を開き、その時からずっと一生懸命病の重い人々を助けていた。ナレーターも母の自殺に立ち会ってしまい、死と親しい目にあったせいで医者になり、患者を助けていた。暗たんの過去という重荷(おもに)を背負っている二人は熱心に償(つぐな)おうとして、「宿命」のおかげでやっとお互いがめぐり合えて、分かりあったり支えあったり出来、安らぎを少しでも見つけられるようになった。
  とかげの母が気の狂った男の人に刺され、自分が呪い殺したと信じ、罪の意識があり、癒す力があると信じ、看護婦という天職につき、病の人を一生懸命助けてきたが、一人の人生を奪った現実を消せず、すまなく思っている。今でもその罪の意識を重く感じ、罰が当たると恐れている。最後には宿で眠ろうとする前に本当はとかげは神様の力や心の広さを信じたいが、どんなに悪いことが起こっても、止めたりしてくれなく、結局神様がいないと判断し、自分の力を信じることしかないと決心した。とかげは思いやる気持ちを強く持っているが、考え方がちょっと消極的であると私は思う。
  ナレーターは子供の頃、死に親しい目にあったり、血の匂いが気に入ったりしたせいでカウンセラーになり、とかげに会って、置き忘れた意識が生き返られ、とかげの昔の出来事を聞いてあげ、彼女の気持ちを分かってあげたり支えたりしてあげ、積極的な「明日へ向かう」という考えを持ち、彼は彼女を救ったかもしれないが、彼女も彼の大事な感覚をよみがえらせたり、地味な毎日から救ったと言える。結局お互いが必要だったのだと分かり合っている。
  問題や秘密などは誰だって持っている。人生には悪いことが不公平に起こる場合が確かにあるが、自分が出来ることはその過去の出来事に夢中になることではなく、「今私には出来ることって何?」という考えで、前へ進むことである。吉本ばななの『とかげ』の最後のところにはナレーターがこういうポジティブな視点を表現している。彼によると周りの状態が「変わって行く(から)楽しもうよ」。