トカゲ 書評

ツァイ ジミー

  吉本ばななの『トカゲ』は型にはまらない物語である。吉本ばななは、この物語の人物の「トカゲ」と呼ばれる女の人とナレーターの男性のお医者さんとの関係をめぐって、人間関係や宿命についてのことを書いた。
  この短編小説の最初はトカゲとナレーターの曖昧な恋愛関係をほのめかし、何かを隠しているような感じを伝えた。そして、作品の途中から、二人の主人公の秘密は明かされた。トカゲは殺人の罪悪感と癒しの能力をナレーターに打ち明け、その後、ナレーターも自分の不愉快な過去を話した。
  これを分析すると、トカゲとナレーターの人格は全く違うタイプであることが明らかにされる。トカゲはずっと一人で罪悪感と戦いつつ、苦しいトラウマの中でもがいていた。その一方、ナレーターは小さいころ、衝撃的な映像を見てしまったが、トカゲのように心を閉ざしてしまうことはなかった。むしろ、ナレーターは自閉症児を治療するカウンセラーになり、自分の過去のことを悩まないで、ほかの人を助けることを選んだ。
  これは楽観と悲観との典型的な対比である。吉本ばななのテーマの一つは、人と人の助け合いである。これを考えると、この世の中がある対照が見え、悲観的な人は楽観的な人の扶助が必要とされるというポイントに至る。もし、トカゲはナレーターに出会わなかったら、永遠に自分の罪悪感に悩まされたかもしれないが、トカゲは突然ナレーターと知り合った。その後、物語の中で、トカゲはナレーターに自分の秘密を教え、「罪」から解放された。しかし、この出会いは本当に偶然だったのか。
  吉本ばななの作品の『トカゲ』は、いくつかのテーマを含んでいて、その中の一つは「運命」、または「宿命」だ。この物語の設定によって、ナレーターは自閉症児を治療しているカウンセラーだが、これは単なる偶然の設定ではない。なぜなら、トカゲは自閉症児みたいで、自分の心が閉ざされていたら、他人に心を打ち明けるのは難しい。しかし、ナレーターは自閉症児に対するカウンセラーなので、トカゲのような人間と付き合える。つまり、カウンセラーのナレーターはトカゲを助ける人なので、この二人は出会えたのは「運命」のおかげだった。
  しかし、こう解説すると、作者はどうやって「宿命」がテーマに表されているのか。実は、トカゲとナレーターはお互いに親しくなったした後、二人とも自分の秘密を相手に話した。そして、トカゲの「罪」について聞いた後、ナレーターも自分の心の傷を打ち明けた。結局、二人ともトラウマを抱えていたということが分かった。これは作者が表現したい「宿命」の例の一つだ。つまり、二人ともつらかった過去がある。こうして推理すると、ナレーターはトカゲを助けられる人物であるだけではなく、ナレーターはそういうことができる唯一の人物だ。つまり、カウンセラーであるナレーターは、もちろん、トカゲに助けられて、二人の出会いは本当に「運命」的だ。このような分析において、トカゲはナレーターと会えたのは幸運なことだ。しかし、二人とも同様なトラウマがあるので、この「運命の出会い」はただの運命ではなく、むしろ、「宿命」的な出来事だ。吉本ばななの『トカゲ』は多数のテーマを含んでいる作品で、文章自体は長くないが、すべてのテーマを十分表してあると思う。