「とかげ」の書評:大人になることの意味

エリン・シロマル


  吉本ばななの小説「とかげ」では、人間関係の本質が若いカップルを通して観察されている。男と“とかげ”の女の両方は彼らの自身の幼年期や人生での成長に影響を与えている秘密がある。過去を覚えている時、それはそのままアイデンティティに影響する。それでも生き続ける方法を学ばなければならない。小説の登場人物は二人だけだが、人生やアイデンティティについての読者によってできる解釈は色々あると思う。
  「とかげ」をはじめばななの小説のほとんどは、登場人物が生命について詳しく話している小説である。それは過去の自己分析のようだ。読者と虚構の登場人物の間の会話みたいに、登場人物が実際に生命物語を繰り返し語る。そして物語は読者に、言葉だけ読む代わりにそれを感じさせ信じさせる。それは読者が登場人物の価値や経験や性格により強い反作用を持つことができる物語をもっと面白く、親密にさせる。
  最初一見すると、死と恋が物語の支配的なテーマのようであるが、アイデンティティクライシスを克服する方法の例がテーマだと私は思う。時間と治療に関連して主要な焦点は社会的な相互作用が成年期の若者をいかに導くかということだ。大人になったら未来を想像でき、人生に満足できなければならない。つまり、感情的、精神的、物理的にアイデンティティを形作るべきだ。
とかげは、しばらく目が見えなかった。その目は止まっていた生命を象徴している。小さい時に彼女の家族をこわした犯人に対しての復讐に彼女はエネルギーのほとんどを使った。犯人が事故で死んだ時、彼女は犯人を殺したと思い込んだので、まだ彼女自身を罰した。
語り手は、母の死について彼しか世界を変えることができないと信じることができるようになった。患者を助けるために、医者になって、死はいつも続くことを学んだ。「ひどいものを見て死ぬ人もいて、君のお母さんみたいに死なない人もいて、立ち直る家族、だめになる家族、いろいろあって」(pg.50)と言ったが、それでもまだ生命は継続する。そのようなことを実現するのには時間がかけるけれど、時間は傷を治してくれる。過去について追憶した後で、彼はとかげと本当に恋におちたことを感じた。
  別れるかわりに、彼ととかげは未来のための希望を抱かせる結婚を考え始める。前は、未来というのは二人ともが考えたことがない何かだった。最初に、彼ととかげは相容れないカップルのようだけれど、実は、二人は相似している。運命ではないが、二人は生命や神様が持ってくる困難を共有しているからだと私は思う。社会的な創造物として、人々は互いを支えなければならない。堅い社会で二人は機能的に「全」の人間のように生き続けられるだろう。
  大人になることの意味は立ち直る方法を学ぶことだ。人々は過去を顧みて、他人の社会的な相互作用の重要性を実現すれば、そうすることができる。物理的にとかげと彼の二人は若い大人であるかもしれないが、まだ精神的に子供っぽいと思う。彼らはもう純真でないことをわかる必要があるし、今ある物に満足するべきだと私は思う。