とかげ

ディキンソン・カール 

  吉本ばななの短編小説の「とかげ」は俗語がよく出ているので大変読みやすく、人物の感想が簡単に理解できる様に書かれている作品である。深い意味のあることも沢山出てくる。その上、雰囲気が暗く、 何かが不全な人、何かを隠している人しか出てこない。更に過去に逆転することも多く、登場人物の過去が鮮やかに理解できる。「とかげ」は典型的な短編小説でないが、そういったところがあるからこそ、ずいぶん面白い話だと思う。
   気が強くて何の欠点もないような人物が小説などにはよく出ているが、「とかげ」の登場人物の二人は、そういった固定観念的な人物とは全く違う。主人公が二人いるが、名前は一度も出てこない。男性主人公の視点からストーリーが穏やかに伝わってくる。彼は自閉症児専門の小さな病院でカウンセラーや治療をしている。 女性主人公はナレーターに「とかげ」と呼ばれている。とかげはナレーターの恋人であり、二人は3年間も交際している。とかげは人を見るだけでその人の悪いところが分かり、触るだけでその人の痛みなどを治せる不思議な力がある。その治癒力を伸ばす為、針と灸を中国で勉強し、帰国した後、治療師という天職に就き、小さな治療院を開く。一見すると、この二人は似たようなところはないが、意外とお互いに辛い過去の秘密がある。
とかげは幼い頃、気が狂った人が突然家に入り、包丁でとかげの母親を刺し、逃亡する。とかげは手で止血したお陰で、母親は思いもよらず死なないが、とかげはショックを受けて目が見えなくなる。犯人が死ぬようにと毎日毎日祈っていたとかげはある日、犯人が車に轢かれて死んだと耳にし、祈りや自分の力で犯人を呪い殺したことを信じる様になっていく。
  ナレーターの母親は初め彼の父親の弟と付き合うが、別れ、彼の父親と結婚する。ある日、弟が家に押し入り、ナレーターの親をナイフで脅して縛り上げ、兄の目の前でナレーターの母親を犯してしまい、自分に灯油をかけ、火をつけて自殺する。父親は無事だが、この事件で母親が妊娠させられ、ナレーターが生まれてくる。 父親の望み通り、母親はナレーターを産むが、ナレーターが5歳の時、自殺する。とても残酷なことが二人の主人公にはある。 ナレーターととかげは、お互いを必要としている。二人はそれぞれの秘密を語り合う時、生きていく為の必要なものがずっと目の前にいたということに気付いてくる。 似たような辛い秘密を背負っていたから分かり合ったり、慰め合ったり、支え合ったりできるのだと思う。ナレーターもとかげも欠点があり、気が強いとは言えないが、二人でいれば何とか頑張って生きていけるだろうと私は思う。
  「とかげ」は、世の中、日常生活の中でも、幸福だけでなく、不幸、悲劇、悲惨、災難、病気などもあるということを表現している作品だと思う。人生というのは、かなり辛いものである。しかし、ナレーターが言う様にハンデがあっても旨いものを食ったり、天気のいい日にいい気分になったりできる。要するに、「とかげ」は、ナレーターととかげが幼い頃に経験したようなことがあっても、辛いことばかりでなく、楽しいことも、喜ばしいことも、これから先にあるということを表現している作品でもあると思う。そういったことが「とかげ」の主題であろう。二人はそれぞれの秘密を打ち明けてから、ナレーターはそのことに気付いてくる。 私も「とかげ」を読み、生きていくというのはどういうことだろうと思ったことが何度もあった。生きていくというのは何かと考えたい全ての人に「とかげ」を読んでもらいたいと私は思う。