「肩の上の秘書」の書評

アントン・バーケル

 星新一の書いた「肩の上の秘書」というショートショートには、未来的な社会が描いてあります。この社会では、自動ローラースケートなどはもちろん全ての人が持っていますが、もっと面白いものはロボット・インコというものです。
ロボット・インコは、まるで本物のインコのように見えます。なぜかと言うと、美しい翼を持っていて、喋れるからです。しかし、本物のインコと違って、ロボット・インコは、発生器やスピーカーを備えているので、はっきりした口調で、礼儀正しく話せます。そのうえロボット・インコは、持ち主の呟いたことを、詳しく相手に伝える働きも持っています。逆に、ロボット・インコは相手の話を要約して報告する働きもできます。
 ショートショートでは、人々はロボット・インコを利用して生活を行っています。たとえば、販売員の一人は、ロボット・インコを使って一日の仕事を済ませます。販売員は、ロボット・インコでお客様に、あいさつをしたり、商品の説明をしたりします。この話の中では、人間が言った言葉の数はとても少ないです。本当にインコとインコの話に見えます。 このように、この時代の人々は生きています。
 作者は、ロボット・インコを使って、日本人の建前と本音を表していると私は思います。会話の相手はロボット・インコに小声で言ったことは聞こえませんが、読者は全てが見れますので、呟いたこととインコが言ったことを対比することができます。たしかに、ロボット・インコが伝えてくれることは礼儀正しいですけれども、相手のインコはそのきれいな言葉を捨てて、直接に持ち主に要約して報告します。このことを考えると、この時代には敬語は意味をなくしてしまったと思いがちかもしれませんが、その意味はまだ残っていると私は思います。
 ショートショートの終わりに、販売員は自分のロボット・インコをロッカーに閉まって、帰り道のバーに行きました。そのバーに入ると、バーのマダムのロボット・インコは、販売員を喜ばせるためのやさしい言葉を使っていました。そのおかげで、販売員にとっては、「このひとときが、いちばんたのしい」と作者は書きました。ですから、この時代の人々にとって、他人のためにきれいな言葉を使うのは面倒臭いかもしれませんが、自分に使われたら喜びますので、そのような言葉はまだ意味があって、使うのを止めないでと作者は言っていると私は思います。
 星新一は、よく皮肉的な未来をショートショートで描く筆者として知られています。やはり、「肩の上の秘書」というショートショートでも、日本人の本音と建前に関する偽善的な気持ちを皮肉って表されています。