ひそんでいる真実

エリン・シロマル

 島崎藤村の私小説「破戒」は社会や主人公の暗黒面を暴露する。同時に、これは作家の人生の暗黒面を反映している。瀬川丑松という主人公は差別されたグループのメンバーとして生まれたが、彼の父に社会からの秘密としてこの素性を守ると契った。彼は父との秘密を隠して多くの年を過ごした。彼は生徒を教え、日常生活を楽しみ、好物を食べるなどによって幾分楽しい人生を送っているようだ(pg243)。
 しかし小説の終わり近くで、丑松は本当の人生や幸福を持つために、彼が誰であるかの内面的なことを、外面的に知らせなければならないことを解った。彼の父は信用や完全性の欠乏を含む「素性を忘れること」の戦略を使用した。しかし、丑松にとって完全性を達成する唯一の方法は戒めを破ることである。彼自身だけではないが、錬太郎や穢多であることの存在のために、あらためて人生を始めることようだ。
 さらに、社会(校長や「学校」の具体化)が問題を見て見ぬふりをしていた。校長や郡視学や町会議員は丑松のことを話している時、「瀬川先生にはお気の毒ですが、これもよんどころない」と言っていた(pg248)。学校の生徒との統一を守ったり、生徒の父兄の気持ちを楽にするために(pg248)、丑松は仕事をやめなければならない。誰もこの古い考えを変えたり現状を変更する準備ができていないようだ。実は、大多数の意見の決定を聞くことによって学校だけを守りたいと私は思う。しかし、真実はどんな、学校にも差別があるということだ。
 島崎藤村自身は部落出身者ではないが、まだ非所属のこの恐ろしい感覚を共有しているし、社会から幾分遠ざけられていた。藤村は姪と浮気した時、公衆には不名誉として感知された。彼の親が同じような罪を犯したことを暴露することによって、自分の行動を弁解しようとする時でさえ、まだ彼自身は違う種類の差別に直面した。
 現在でも、社会への負担や汚れであることを考えると、人々が低ランキングの素性や病気をまだ隠したいとしても驚かないと私は思う。多くの人々は誰も貧乏のや遺伝性疾患である家族とは結婚したくないと思われることを恐れている。たとえば、日本でおばの一人はデプレッションと診断されたが、家族は彼女の夫や夫の家族や友人などに言わないように言われた。私の家族がこれについて聞いたのは2年間後だった。しかし、皆は何か一つは恥じることがあるかもしれない ― だから、それは秘密として守らなければならない。秘密は真実であるかもしれないが、時々それを隠すのは人を慰めるようだ。しかし、それは本当の人であるか。小説「破戒」は差別の犠牲者が差別に抵抗しようとしない深い理解を示すようだ。