映画評:「橋のない川」
チョー ユニス


 「橋のない川」は住井すえの小説に基づいて製作した明治時代後期の被差別部落における物事についての映画である。部落生まれの兄弟は子供の頃から学校で同級生や同校の生徒や先生に差別されていた。いじめられていても、二人は差別に頭を下げない子だった。二人は、その時代に生きた人に穢多でも立派な一人前になれると証明した。
 幼い時、弟の孝二は自分が部落民であることを嘲笑ったり冷やかしたりをした子を殴った。数年後に成熟した後、孝二はもっと沈着に見えるが、心の中の情熱はまだ燃えていて、差別もまだ嫌悪している。人間として平等であることを促進する水平社が創立した時、孝二は平等運動に積極的に参加した。
 冷静なのは兄の誠太郎だ。孝二と誠太郎は二人とも水平社を支持しているが、孝二は兄より無鉄砲だと私は映画を見た時に思った。二人のいた小学校の校長に学生を差別するなと抗議していった時に喧嘩で警察に捕まえられたのも孝二だった。しかし、これは悪い事ではないと思う。落ち着いているのが長所なら、自分の信念を貫徹するのも長所だろう。こんな孝二と彼の家族を見れば、この映画は明治時代後期の部落民の苦しみと怒りをうかがわせる作品であることが分かる。
 この映画は部落問題に関する作品で、部落民の怒りが見え、部落民の誇りを強調している作品だ。同じ部落問題のテーマを中心として書いた島崎藤村の小説「破戒」を「橋のない川」と比べたら、激しいのはやはり「橋のない川」である。これは違う時期における歴史を反映している。「破戒」が出版されたのは水平社が創立する前のことだった。「橋のない川」は水平社が創立された後のことだった。水平社宣言は部落民の部落民であることに対する意識に影響を与えているのは絶対的だ。「破戒」の中で、部落民はまだ穢多である身分に羞恥心を持っている。主人公の丑松は無抵抗に穢多であることを受け入れ、自分は部落民であることを打ち明けた時に「私は不浄な人間です」と謝り、勤めている学校に辞表を出した。一方、映画では孝二とその周りの人は積極的に社会の階級に抗い、部落民であることに誇りを持っている。
 部落問題がテーマである「橋のない川」はかなり重い映画だが、差別問題が減軽したいま、自分の視野を広げ、一頃にひどく差別された人の痛みを理解するために有意義な作品である。歴史的に実際に起こった水平社宣言に触れた点は写実的で、よかったと思う。「橋のない川」は見れば見るほど見たくなる鑑賞する価値のある映画だ。この映画を見たら、私は原作小説を読みたくなった。