JAP3B:ペーパー2

日本社会の下品な潤滑油

デイヴィッド・ヌエン

外国人にとって、日本人はお辞儀しすぎるし、贈答の習慣があるし、きれいな都市が多くて丁寧で礼儀正しいという印象みたいだ。しかし、一目でも日本の深夜番組を見ると、非常に違 うカルチャーが見つかる。一般的に深夜番組はどこの国でも普通ではないが、日本の番組ほど変で恥知らずなことはない。アメリカのFCC、連邦通信委員会、は日 本の番組のような番組を絶対に許さないだろう。特にゲーム・ショーという日本深夜番組である。

このゲーム・ショーでは基本的に視聴者に笑わせるために参加者を苦しめて参加者に恥をかかせる。1980年代には大学のキャンパスから全国テレビ放送まで 「我慢大会」というコンセプトを掲げた「ザ・ガマン」というゲーム・ショーがあった。「我慢大会」は大学生が苦しい経験をする挑戦に参 加するものだ。「風雲!たけし城」はその同じコンセプトで、出場者が苦しく恥をかかせられるような状態にいるところを撮影するために出場者に酷な コースをはしらせた。「ダウンタウンのガキのつかいやあらへんで!!」は視聴者を笑わせるために苦しみと恥の番組を続けたが、コメディアンや有名人が参 加した。ばからしいゲームの失敗に対するバツゲームの中に敗者のお尻にダーツを投げつけることや恥をかかせるようなコスプレを着ながら市内を歩くことが含まれていた。

もっと最近の「すすぬ!電波少年」という番組は有名ではないコメディアンに加虐的な挑戦をさせた。ある出場者は食べ物と援助を持たないで無尽島から逃げ出す こととかアフリカからヨーロッパまでヒッチハイクすることなどさせた。一番有名な挑戦は「電波少年てき懸賞生活」といった。ナスビという若手コメディアン は一人、全裸でアパートで懸賞だけで生きなければならなかった。ゴールは当選品の総額が100万円になることであった。食事も当選品だけであった。約11ヶ月にかかって ゴールを達成した。この番組はすごく人気だったそうで、あとで彼の日記が爆発的に売れていた。

アメリカにもそんな番組はある。Fear Factor, Jack Ass,などリアリティーテレビ番組が人気である。しかし、アメリカでそんな番組はばかな、いたずら、虐待、子供っぽく人目を引きための行為、 のぞき見を美化する番組は若い男の人だけを視聴者の対象にしている。それに対して、日本の加虐的なゲーム・ショーは明らかにほとんど男の人を視聴者の対象に しながら、そして誰もを参加すれように勧誘する。出場者だけではなく司会者、判定者、解説者も若者から年上の人まで、男性、女性さまざまである。そして、コメディ アンや有名人を使うことで広い観客が楽しめる。こんな番組の視聴者統計からいって、視聴者はスケベの男の人だけではなく、逆に社会人全体であ る。

日本社会はこんな番組を許しているし、促進しているように見える。社会人が仕事のストレスを解消する必要が社会に認められて、効果的にストレスを解消 するものが存在を許されている。この恥知らずな番組をはじめ、多量の喫煙と飲みすぎ、パチンコなど、人間の悪徳は日本社会で許されている。社会のマシンの潤滑油の 役を務めるものである。

どうして現代の社会がこんな悪徳の容認と必要を正当化できるのだろうか。日本の場合としては、理由はたぶん本音と建前に関することだと思う。建前とは、社会から要 求される期待で行動することであるのに対して、本音とは真実の感情と定義される。社会がこんな番組をみて笑って楽しむことが必要だと認めているので、社会人は こんな番組をみて笑わないわけにはいかない。実は番組がたまらなくおかしいから笑っているのかもしれないが、もし本音は見ながら嫌悪感を感じたとしても、社会の期待に 沿うためにとにかく笑うことになる。日本社会は社会人の公の生活を支配することだけではなく、社会人の私生活にも侵入している。

この番組はたぶんストレスを解消するために効果的だけれど、社会の維持のためにこんな行動と意見を許すだけの価値があるのだろうか。日本社会は鏡をみて、その問題の答をきめなければならないと思う。