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Japanese Pedagogy
Akemi Morioka  

「日本語教授法」 ー そのフィロソフィー

1。生徒に対する接し方と役割

やりがい
 日本語教師は素晴しい可能性のある仕事である。生徒の中には将来、日米の外交に貢献する人やビジネスマンとして活躍する人、日本文学、政治、社会学などの学者になる人が現われるかもしれない。そういう可能性のある生徒を教えられることは喜びである。    

影響力
 何年も教えている教師にとっては、「今年もまた1年生を受け持つ」ということだけかもしれないが、そのクラスを取る生徒にとっては、一生に一度の日本語初級のクラスになる。もしかしたら、その人の一生でひとりだけの「話をしたことのある日本人」になるかもしれない。自分の影響の大きさを考えること。

理想
 生徒の能力を信じて理想は高く持つこと。「ここまでしかできないだろう」と教師が思ってしまうと、それ以上は決して伸びない。

教師の役割
 限られた期間の授業の中で教師が教えられることには限界がある。すべてを教えられるはずがないし、教えようと欲張る必要はない。それに、生徒がわからない単語に遭遇したりして助けを必要とする時に、教師がいつも傍にいてあげられるわけではない。つまり、教師の役割は「生徒の自立を助ける」ことである。
 良い教師像というのは様々だろうが、上に述べた教師の役割を考えると、良い教師とは「生徒にやる気を起こさせる教師」、そして、「教える」のではなく「生徒に学ばせる」教師と言えるだろう。Teaching is to help students learn.

言語と文化
 人間は言語を使って思考している。だから、他の言語を理解するということは、他の考え方を理解するということでもあり、それは、文化を理解するということにもつながる。そして、自分の文化も客観的に見られるようになる。教師は、bilingual, bicultureであることの素晴らしさを生徒に伝えなければならない。

外国語を使っている状態
 習っている言語で話している生徒と接している時は、その生徒の人間性の幼稚な部分と接しているということを忘れてはならない。その生徒が自分の母国語でできる思考は遥に高度である。生徒を子供扱いしないで、大人として接すること。

クラスマネージメント
 日本語教師はサービス業であるから、お客さんである生徒を大事にしながらも、うまく扱っていかなければならない。何を言う時でも自信に満ちた態度を保つこと。教師がガタガタしていると、生徒も信用しなくなるし、クラスに落ち着きがなくなる。
 又、子供が親にするのと同じように、生徒も「どこまでやっていいのか」といつも教師をテストしている。していいことと悪いことの基準を明確に示すこと。例えば、後ろの方の席で無駄話をしている生徒は放っておくと、そのままでいいのだろうと思ってしまう。

信頼関係
 生徒との間に信頼関係を築くことは、非常に大切なことである。信頼関係がなければ、ちょっとした注意も大きな批判として生徒は受け取ってしまう。お互いに心を開いていなければ、どんなことばも悪い方にと受け取ってしまう。
 信頼関係を築くには、1)嘘をつかないこと、2)約束を忘れないこと、3)自分の気分で予定や授業態度を変えないこと、4)判断基準に一貫性があること、5)えこひいきをしないこと、6)人種、性別に偏見を持たないようにセンシティヴになること、などが最低限守らなければならないことである。

 

2。教える能力

気前よく
 自分が作ったプリントやアクティヴィティなどは教師仲間のみんなに分けてあげること。せっかく作ったのなら、多くの人に使ってもらったほうがいいし、使ってもらえば、色々な意見も聞けて、結局自分のためになる。けちな教師は伸びない!!!
 又、授業を見に来たいという人がいたら、喜んで来てもらい、その人も教材に使わせてもらったり、授業を見た感想を言ってもらう。

謙虚な態度
 教師は人を批判することやお世辞を言われることには慣れているが、自分が批判されることには拒絶反応を示す傾向がある。しかし、批判をしてもらったら、「得した」と思わなければいけない。自分が作った試験などについても多くの人に見てもらった方がいい。人の目を通るとだんだん良いものになっていく。

大局を見る目
 教師という職業は日々の授業の準備や宿題を見たりすることに追われて、その日その日の仕事をこなすのに精一杯になってしまいがちである。しかし、自分は何のために自分の生徒たちを教えているのか、又、教えているクラスの究極の目的は何かと常に考えていることが大切である。
 具体的に言えば、「この教科書の3章まで終わらなければ」と考えて教科書に書いてあることを焦ってカバーしようとしないで、「このクラスの目標は何か。このクラスが終わったら生徒が何ができるようになるのか。」をはっきり頭に描いておき、生徒にもそれを伝え、それに向かって進むこと。

教える事項を選択できる目
 教科書は自分の授業で「使うもの」であって、授業の中心ではない。決して教科書に「使われ」てはならない。だから、自分の掲げている目標に要らないものは省き、足らないものは足していく柔軟さが必要である。
 又、短期で失うものがあっても、長期的に見て得るものが多ければいい。具体的に言えば、文法事項が2つや3つカバーできなかったことは悩まなくてもよい。コミュニカティヴな授業をしていれば、それに費やした時間は、「この文法を知っている」などという目に見える形に現われなくても、確実に生徒の力になっているはずである。そのことに教師は自信を持つべきである。