「羊をめぐる冒険」(村上春樹)について

◆ 前にも述べたように『羊……』の場合は、キー・ワードとして、つまりゲームのルールみたいなものとして<羊>という言葉があるわけです。そして書いているうちに、<羊>はこういうふうにしようかなと、ちょっと出してくるわけですね。僕も、<羊>はどういう意味なんだろう、と思って考えるんです。でも、それは分からないんですよね。分からないままに書いていくんです。そしてもしこの小説が成功していたとしたら、成功した原因は、<羊>は何かということが僕自身が分からないせいだと思うんですよ。
 読んだ人によく「羊とは何の象徴ですか」と訊かれるんですけど、それは僕にも分からないです。ただ、<羊>という存在感がいつも頭のこの辺にあるわけですね。そして書く。そういうストーリー・テリングの面白さというのを『羊……』で一番感じましたね。
(『文學界』1985年8月号「『物語』のための冒険」村上春樹)


◆ …『羊をめぐる冒険』は翻訳されて海外に紹介された僕の最初の作品となった(1989年)。そういう意味でもこの小説は僕にとっては大きな意味を持っている。この小説を読んだアメリカ人の多くは「これは純粋なポリティカル・ノヴェルだと僕に言った。そして彼らはこの小説における羊の意味をそれぞれに解釈してくれた。彼らの多くは羊をミソロジカルで土着的なものの表象として捉え、そのような歴史的意思がグローバルな世界とコミットしていく際の「発熱」のようなものに対していたく興味を持っていた。僕はとくにそういうことに興味を持ってこの小説を書いたわけではないのだけれど、捉え方としては大変に面白いと思った。
(村上春樹全集第2巻、「自作を語る」)

 

「羊は君に何を求めたんだ?」
「全てだよ。何から何まで全てさ。俺の体、俺の記憶、俺の弱さ、俺の矛盾・・・・・・羊はそういうものが大好きなんだ。奴は触手をいっぱい持っていてね、俺の耳の穴や鼻の穴にそれを突っ込んでストローで吸うみたいにしぼりあげるんだ。そういうのって考えるだけでぞっとするだろう?」
「その代償は?」
「俺にはもったいないくらい立派なものだよ。もっとも羊はきちんとした形でそれを俺に示してくれたわけじゃないんだけれどね。俺はあくまでそのほんの一部を見ただけにすぎないんだ。それでも・・・・・」
 (中略)
「でも君はそれを拒否したんだね?」
「そうだよ。おれのからだと一緒に全ては葬られたんだ。あと一つだけ作業をすれば、永遠に葬られる」
「あとひとつ?」
「あとひとつだよ。それはあとで君にやってもらうことになる。しかし今はその話はよそう」」
 (中略)
「先生の目指していたものはいったい何だったんだ?」
「彼は狂っていたんだよ。きっとあのるつぼの風景に耐えられなかったんだな。羊は彼を利用して強大な権力機構を作り上げた。そのために羊は彼の中に入り込んだんだ。いわば使い捨てさ。思想的にはあの男はゼロさ」
「そして先生が死んだあとに君を利用してその権力機構を引き継ぐことになっていたんだね」
「そうだよ」
「そのあとに何が来ることになっていたんだ?」
「完全にアナーキーな観念の王国だよ。そこではあらゆる対立が一体化するんだ。その中心に俺と羊がいる」
「なぜ拒否したんだ?」
 時は死に絶えていた。死に絶えた時の上に音もなく雪が積もっていた。
「俺は俺の弱さが好きなんだよ。苦しさやつらさも好きだ。夏の光や風の匂いや蝉の声や、そんなものが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。君と飲むビールや・・・・・」鼠はそこで言葉を呑みこんだ。「わからないよ」
 彼は言葉を探した。しかし言葉は見つからなかった。僕は毛布にくるまったまま暗闇の奥を見つめた。